東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)38号 判決
原告の請求の原因及び主張の一ないし三は、当事者間に争いがない。
そこで本件審決にこれを取消すべき瑕疵があるかどうかについて考える。
一 原告は、本件発明は澱粉質の膨張焼成物小塊の内部にアイスクリーム中の水分を入れないために、右焼成物小塊に硬化性油脂を付着させることをその特徴の一つとするものであり、このことは引用例に示唆されることがないのに、これが開示されているとした審決は誤つていると主張する。
成立について争いのない甲第四号証(本件発明の明細書)によれば、本件発明でいう澱粉質の膨張焼成物小塊とは例えば米アラレ、ポツプコーン、ウエハース小片等であり、硬化性油脂とは例えばチヨコレート、バター等であつて、アイスクリーム中に澱粉質の膨張焼成物を単独で混入すると、膨張焼成物がアイスクリーム中の水分を吸収するので焼成物の乾燥状態を損うことになり、焼成物自体の風味を減ずるばかりでなく、その意図する目的―口中に含んだとき、アイスクリームから受ける直接的な冷感を、混入せしめた焼成物小塊を同時に咀嚼することで和らげ、また冷凍固化された状態において咀嚼し易くし、かつアイスクリーム自体の冷凍固化時間を短縮し、生産性の向上を計る―をも達成することができなくなるため、焼成物の表面に水分の吸収を阻止する油脂で被膜を形成することは極めて有効である旨記載されている(第一欄第三三行ないし第二欄第一八行)ことが認められる。一方、第一引用例(成立について争いのない甲第二号証)には、ナツツ・アイスクリームは「種々のナツツ(堅果類)を普通焙つて乾燥し、あるいはバターで揚げて塩味をつけ、プレーン・アイスクリームと同じミツクスに加えて凍結したものである」が、「ナツツはアイスクリーム中でよく乾いていなければならない。湿つていては値うちがない」のであり、そのためナツツの「最も満足的な処理としては先ず焙炒(dry roasting)を行い、あらかじめ一六五℃に加熱しておいたバターで揚げて塩味をつける」ことであり、「この処理によつてローストされたナツツのフレーバーが生じ、ナツツは完全に乾燥し、外側はバターでコーテイングされ、出来上つたアイスクリーム中でも湿らずにかりかりと乾燥状態に保たれる」旨が記載されている(第三二頁左欄第一行ないし第六行、同左欄下から第六行ないし右欄第五行)。
原告は、ナツツの成分のほとんどは脂質であり、澱粉質を主成分とした本件発明における膨張焼成物とは異なると主張するが、両者はいずれもアイスクリーム中に混入するときは乾いていなければ値うちがないことは本件明細書及び第一引用例の示すところであり、そのためにナツツ・アイスクリームにおいては、ナツツを焙炒してバターでコーテイングし、ナツツを乾燥状態に保つことは第一引用例に示すところであるから、この手段を、同じアイスクリームに混入する澱粉質の膨張焼成物にバター等の食用硬化性油脂を付着させ、コーテイングする手段に転用することは、当業者ならば容易に考えつくことであると認められる。しかもウエハース等の本件発明でいう澱粉質の膨張焼成物をアイスクリーム中に混入することは第二引用例(成立について争いのない甲第三号証)に示されているところである。
原告は、成立について争いのない甲第五号証中の記載を引いて、第一引用例の、ナツツを焙炒してからバターでいためる目的は、ナツツ中に含まれている水分を油脂で置換することであり、従つて第一引用例にはアイスクリーム中の水分を内部に入れぬために付着油脂層をつくることはなにも示唆されていないことになると主張する。なるほど甲第五号証中には原告が主張するような記載があることを認めることができる。しかしながら右記載は、ナツツを焙炒してバターでいためる目的は、アイスクリーム中の水分がナツツの中に浸み込んで行くのを妨げることを含むものではないという趣旨のものと解することは到底できない。原告の右主張は理由がない。
二 原告は、本件発明は膨張焼成物の表面に付着させた硬化性油脂をアイスクリーム自体で冷却硬化させ、膨張焼成物の表面に硬化性油脂層を形成させるものであるところ、第一引用例のものはナツツの焙炒にのみバターを用いるものであり、ナツツの表面は高温でローストされていてバターが内部まで浸み透り、バターは既に硬化しているのであつて、その技術は本件発明の技術と相違していると主張する。
しかしながら第一引用例の第三二頁右欄第八行ないし第一一行には「pecanのようなナツツは加熱バターを吸収し易いが、almondのような緻密な質のナツツ、特にbrazilは殆んど吸収しないのでバターの使用量は少なくてすむ。」との記載があり、右記載からすればアーモンドのようなナツツは、原告が主張するように高温でローストされていてバターが内部まで浸み透つていることはないものと認められる(加熱バターを殆んど吸収しないなら、バターを高温に加熱する必要もない。)し、また第一引用例の他の個所(第三三頁左欄の2の項)には、低温で溶融する溶融バター(バターが低温で溶融する油脂であることは、原告自身本件明細書の中で述べている。)をナツツに付着させ、アイスクリームのバツチに使用することが記載されているところからすれば、第一引用例はナツツの表面に付着させた硬化性油脂をアイスクリーム自体で冷却硬化させることを示唆するといえる。原告の主張は理由がない。
三 原告は、更に、本件発明はコーテイング処理の油脂の温度を、その油脂の融点より五度C以上高くならないように限定したところにも新規性があるところ、各引用例にはこれを示唆するところがないと主張する。しかしながら右の温度限定の点は本件発明の明細書の特許請求の範囲中に記載のない事項であるから顧慮するを要しないのみならず、本件明細書の実施例中(第四欄第三、四行)には融点より五度C以上高くしてコーテイング処理した例が記載されている。原告の右主張も理由がない。
四 本件発明の澱粉質の膨張焼成物が、もろくてこわれ易いものであることは、周知のことであるから、これをアイスクリーム中に混入するに当り、押しつぶされたり破砕されたりすることがないように緩く攪拌するを要することは、アイスクリーム製造に当つて当然考慮されなければならない自明のことであつてなんら発明力を要しないから、このことが特許請求範囲中に記載されているか否か、また本件各引用例中に記載されているか否かについて審究するまでのこともない。原告の四の(四)の項の主張も理由がない。
以上のとおりであつて、原告の主張はいずれも理由がなく、原告の審判請求を成り立たずとした本件審決には違法の点はないから、その取消を求める原告の請求を棄却する。